2017年10月19日

二宮金次郎の教え

いつもありがとうございます。





二宮金次郎は
天明七年(1787年)小田原市栢山に
百姓の長男として生まれる。
そして、安政3年(1856年)に栃木県今市で
日光奉行の配下で仕事をしていたが、
3度目の病を発して没する。


享年69歳。


download.jpg


二宮金次郎というと
小学校に銅像があります。

日本人なら知っていると思いますが、
生涯にどのようなことをし、
どのような教えをしたかを知る人は少ない。


金次郎は天明7年(1787年)に
小田原市の裕福な農家に生まれ
安政3年(1856年)に69歳で亡くなりました。

生まれた頃は裕福でしたが、
川の氾濫で田畑を失い、
金次郎が14歳の時、お父さんが亡くなり、
そして、2年後にお母さんが亡くなりました。

なので、叔父さんに預けられる。

ある夜 明かりをともして
本を読んでいると叔父さんに怒られる。

「お前は誰のおかげで飯を食っているのだ。
油がもったいない。」と。


金次郎は今度は空き地に菜種を植え、
出来た菜種と油を交換して本を読むのですが、
また叱られる。

今度は「お前の時間は俺の時間だ。
お百姓に学問はいらない。」と。

それから始まったのが、
薪を背負い歩きながら本を読む姿です。


やがて金次郎は叔父さんの家から独立。


実家の再興に取り掛かりました。
そして勤勉と倹約に努め、
24歳で以前のような裕福な家に再興。

それを知った小田原藩士服部家に
財政の建て直しを頼まれ、大成功。

それが広まり今度は小田原藩の分家にあたる
桜町領(栃木県二宮町)の再興を頼まれ、
生涯に615の村々を立て直した。

金次郎は桜町領を再興するときに、
武士の位を授けられ
二宮尊徳(にのみや たかのり)となる。


images-1.jpg

  
勤労、分度、推譲を人々に勧める。


 勤労とは   徳に報いるために働く。

 分度とは   個性や能力を発揮しながら
        計画的に行動する。

 推譲とは   倹約して余ったものを
        他人に譲り社会貢献する。


二宮尊徳の報恩思想の
中核をなす考え方。



images.jpg


「推譲(すいじょう)には、
推譲(すいじょう)を持って応えよ」。



↓詳しくはこちらへ
https://www.naturalsuccess.jp/XJrCopywriterSchool/enter/#rHVHaS
posted by テルリー村上 at 07:01| 福岡 ☔| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする